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増税や社会保険料の負担増によって手取り年収は下がり続けているが、実は年金の手取り額も同じ構図にあることは年収ほど知られていない。筆者が試算したところ、年金収入が額面300万円のケースにおいて、22年間で37万円も減少しているという衝撃の結果が出た。(生活設計塾クルー ファイナンシャルプランナー 深田晶恵)
年金収入300万円の手取り額は
22年間で37万円の減少!
毎年1月に「今年の給与の手取り年収」を年収・家族構成別に試算し、当コラムで制度の改正ポイントと併せて紹介している。2002年から20年続けている私の年中行事だ。
21年1月に試算した最新記事『あなたの「手取り年収」、2021年はこうなる!【72パターン早見試算表付き】』では、増税も社会保険料アップもなく、珍しく前年から手取り年収は変わらないという試算結果になった。しかし、増税・社会保険料アップは断続的に実施されているため、給与の手取り年収は下がり続けている。
下がり続けているのは給与の手取り年収だけではない。年金の手取り額も同様に減少し続けていることをご存じだろうか。私が定点観測しているのは「年金収入300万円」のケース。公的年金収入+企業年金、または公的年金を繰り下げることで年金額が増えて300万円という前提だ。「300万円」を基準としているのには理由があるのだが、それについては後述する。
年金生活をする人が加入する社会保険は、住んでいる自治体の国民健康保険と介護保険で、4月に入って21年度の保険料が公表されたので、1999年と21年の手取り年金額を比較してみた(東京都23区在住の例)。
年金収入300万円の人の手取り額は、99年には290万円だったのが、21年は253万円。22年間でなんと37万円も減少している!額面収入の1割以上もの目減りは見逃せない。
99年は、年金収入300万円から引かれているのは国民健康保険料の10万円のみで税金はゼロ、手取りは290万円。
ところが21年は、国民健康保険料約26万円、介護保険料約9万円、所得税約3万円、住民税約9万円がかかり、手取りは253万円となっている。
「年金額は多いほど、老後の暮らしは安心」とイメージする人が世の中の大多数だろう。このため公的年金の繰り下げ受給や、退職金を「一時金」ではなく「年金」方式で受け取ることで年金額を増やしたいと考えている人は多い。
しかし、年金の受取額を増やすことで発生するデメリットもある。額面年金収入が増えるほど手取り率は減少するし、病気をしたときの医療費の負担や介護保険利用時の利用者負担もアップする。
年金額を増やしたいなら、課税の仕組みやデメリット・注意点も知った上でプランを立てたい。
まず、「手取り額が22年間で37万円も減少した」背景を見てみよう。
年金生活を脅かす改正ラッシュ
増税・社会保険料負担増が相次ぐ!
年金の手取り額は、額面年金収入から「税金(所得税・住民税)」と「社会保険料(国民健康保険料・介護保険料)」を差し引いたものだ。
私が年金の手取り額を試算する際に99年を基準年としているのは、2000年に公的介護保険制度が導入され、同年から保険料がかかり始めたからだ。約20年の間に年金生活に大きな影響を与える制度改正は次々と実施された。
◆2000年 公的介護保険制度がスタート
→65歳以上の人は年金から介護保険料が天引きされるようになった。
◆04年 所得税の配偶者特別控除の一部廃止(住民税は翌年)
→専業主婦または年収103万円以下の妻がいる夫は増税
◆05年 所得税の老年者控除の廃止、65歳以上の公的年金等控除額の縮小(住民税は翌年)
→65歳以上の年金生活者は増税で大打撃を受ける!
◆06年・07年 定率減税の縮小&廃止
→小渕政権の時に「恒久的減税」として実施された減税が小泉政権で完全廃止
◆13年 東日本大震災の「復興特別所得税(復興増税)」がスタート
→25年間にわたり、所得税が2.1%上乗せされる
◆14年 復興増税として、住民税の均等割が10年間にわたり1000円アップ
さらにこの間、国民健康保険料と介護保険料は、断続的にアップしている!
2004年と05年に控除額が
「100万円以上」もなくなった!
税金面では04年と05年の増税の影響が大きかった。
03年までは専業主婦または年収103万円以下の妻がいる夫は、配偶者控除38万円に加えて配偶者特別控除を38万円使うことができた。ところが、04年の改正によって前述の配偶者特別控除は一部廃止。基礎年金+α程度の年金収入が少ない妻がいる夫は、38万円分控除が減った。
05年には、65歳以上の高齢者向けの増税が相次いで実施され、年金にかかる所得税・住民税は大幅にアップすることになった。65歳以上は基礎控除とは別に老年者控除として50万円もの控除が使えたのだが、段階を踏まずに一気に廃止。さらに同年に公的年金等控除額が縮小になり、最低額は140万円から120万円となった(現在は110万円)。この年の税制改正は、年金生活者に大打撃を与えた。
「控除」とは、収入から「引けるもの」。つまり、「非課税枠」だ。65歳以上の年金生活者は、04年と05年の改正前までは控除額を積み上げると304万円の枠があった。つまり、年金収入の課税最低ラインは304万円だったということ。
しかし、増税となる改正が実施されて控除額が縮小し、課税最低ラインは196万円まで下がったのだ。
冒頭の方で、年金の手取り額の試算において、額面収入300万円を基準としているのには「理由がある」と述べたが、03年までは年金収入が300万円くらいだと所得税も住民税(所得割)も非課税だった。そこで、増税や社会保険料の負担増の影響が分かりやすい「300万円」を基準にしているというわけだ。
長生き対策の年金繰り下げ受給で
手取り減少の可能性が!
高齢化が進むことで高齢者の医療費は増大し、介護保険の利用者も増える一方だ。さらにコロナ禍で政府が経済対策で使ったお金は近い将来、増税という形でわれわれから回収するのだろう。高齢者だからといって例外になるとは思えない。
「年金の繰り下げ受給」の話は、どの媒体でもよく読まれる人気のテーマだ。3月18日付の当コラム『「年金の繰り下げ受給」が向いている人、向いていない人【改正年金法対応版】』は、編集部よりたくさんの人にお読みいただいたと聞いている。
年金の繰り下げ受給は、厚生年金の加入期間が短く年金額が少ない人にとっては、ありがたい制度といえる。できるだけ長く働き、その間年金を受け取らずにいると年金を増やすことができるからだ。
ただ繰り下げ受給を希望するなら、長生きするほど、増税と社会保険料の負担増によって年金の手取り額が目減りする可能性があることを踏まえた上で検討したい。肝心なのは「知った上でどうするのか」を考えることだ。