安倍官邸が性暴力裁判の山口氏をアメリカへと逃した卑怯な手口

民事敗訴の山口氏、高圧的反論の背後に官邸の存在

「お話をさせてください」。ジャーナリスト、伊藤詩織さんは警察官を待ち伏せし、返答を求めて追いかけた。警察官はあわてて逃走した。2017年秋のことだ。

警察官といっても、相手は警視庁刑事部長だ。伊藤さんがレイプされたと主張するその相手、元TBSワシントン支局長、山口敬之氏の逮捕を、なぜ寸前に取りやめさせたのかを当時の中村格刑事部長に聞こうと、出勤途中に突撃取材を試みたのだ。

その後も伊藤さんは文書で中村氏自身や警視庁に問い合わせたが、返事はない。山口氏は書類送検されたものの不起訴となり、検察審査会でも不起訴相当とされたことをもって、身の潔白を声高に主張している。

逮捕状は出た。帰国する山口氏を成田空港で高輪署の捜査員が捕まえる段取りも決まった。それでも、上層部のツルの一声で、取りやめになった。その謎を、伊藤さんが解き明かしたいと思うのは当然のことだ。中村氏がかつて菅官房長官の秘書だったことも、詩織さんの疑念をふくらませた。

このまま泣き寝入りはできない。伊藤さんは民事裁判で真相を明らかにすべく、2017年9月28日、山口氏を相手取って1,100万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。素顔をさらして記者会見し、BBCなど海外メディアにも出演して、自らの事件や、日本の性暴力をめぐる社会状況について発言を続けた。

山口氏も黙ってはいなかった。月刊「Hanada」で、伊藤さんの主張を全面的に否定、2019年2月には慰謝料1億3,000万円と謝罪広告の掲載を求めて反訴した。

東京地裁は伊藤、山口両氏の訴えを同時に審理し、12月18日、山口氏の請求は却下、山口氏が伊藤さんに330万円を支払うよう命じた。伊藤さんの全面勝訴である。

新聞に掲載された判決文の要約を、さらに簡単にまとめてみた。

原告(伊藤)と被告(山口)が、被告が宿泊するホテルの居室に滞在中、被告が避妊具をつけずに性行為をした事実については当事者間に争いがない。

原告はすし店のトイレで意識を失い、千鳥足で出て、タクシー内で嘔吐、ホテルに到着して2分以上経過後に被告に引きずられるように降車し、部屋まで被告に支えられる状態だった。強度の酩酊状態と認められ、ホテルで目を覚ますまで記憶がないとする供述と整合的だ。

原告がシャワーを浴びず午前5時50分にタクシーで帰宅したことは、合意のもとの性行為として不自然で、一刻も早く去ろうとする行動とみるのが自然だ。合意に基いていないと周囲に訴え、捜査機関に申告していた点は、性行為が意思に反して行なわれたことを裏付ける。

すし店と恵比寿駅は徒歩5分程度で、被告がタクシーに原告を乗せた合理的理由を認めがたい。原告は電車で帰る意思を示していたのに、被告は運転手にホテルに向うよう指示した。被告の供述は原告の言動という核心部分について不合理に変遷し、信用性に重大な疑念がある。

原告の供述は客観的な事情や行動と整合し、被告の供述より相対的に信用性が高い。被告が意識のない原告に合意なく性行為に及んだ事実、原告が意識を回復し性行為を拒絶した後も体を押さえつけて継続しようとした事実を認める。

要するに、常識的な見方だ。コーヒー一杯ですむ就職相談を、なぜ安くもない酒場を二軒もはしごして、しなければならないのか。自分の庭に飛び込んできた若い女性に対して下心がなかったと誰が思うだろうか。一人で帰らせるのが危険だと思って自分の泊まっているホテルに連れて行ったというのなら、別の部屋をとるなり、近くの他のホテルを探すなり、いくらでも方法があっただろう。

2015年4月3日の夜から翌日早朝にかけて何があったのか。真実は二人しか知らない。

伊藤さんは「意識が戻ったのは翌朝の午前5時ごろ。ホテルのベッドの上で裸にされており、山口氏が私の上にまたがっている状態でした」と主張。山口氏は「午前2時から3時に、伊藤さんが半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった」と反論する。

合意があったかどうか。証拠を出せと言われても、物証などあるはずがない。だから、公判維持が難しいこの種の事件の立件を警察や検察は避けたがる。だが、レイプ被害を受けたと自覚する女性の身になってみれば、無念を晴らす方法が何もなく、心の傷を一生背負わなければならない理不尽は、いかばかりだろうか。

判決後の記者会見で、記者から「就活生である伊藤詩織さんと、山口さんの主張されるように合意があったとしても、性行為をするということは適切だと思いますか」と聞かれ、山口氏は「適切ではなかったと思ってますこれでいいですか…道義的な部分をここで掘り下げられてもお答えしません」と吐き捨てるように言った。

犯罪かどうかが問題なのであって、道義的なことはこのさい関係がないというのである。だが、そうだろうか。紳士としての心得があるかどうか。こういう問題を考えるとき、それは重要な要素ではないか。山口氏に決定的に欠けているのは、そこである。

筆者は、判決当日の記者会見と、翌日の日本外国特派員協会プレスコンファランスにおける山口氏サイドの発言内容に驚愕した。山口氏サイドは伊藤さんを「ウソつきの常習犯」と強調する作戦だと見受けられたが、その攻撃ぶりは、あまりにも過激、残酷、かつ滑稽なものだった。

まず、18日の記者会見。山口氏と、山口氏を支援する男女二人が並んで席に着いた。山口氏が「控訴する。私は法に触れる行為を一切していない」と宣言し、この事件を取材してきたという文芸評論家、小川榮太郎氏が司法の退廃だ」と毒づいた。驚いたのは、そのあとである。

小川氏の資料集めなどのアシスタントをしているらしい女性がこう発言したのだ。

「性被害にあった女性の方々に話を聞いたのですが、記者会見や海外メディアのインタビューでしゃべる伊藤さんの姿に強い違和感をおぼえたということでした。人前であんなに堂々と、ときに笑顔も交えながらご自身の体験について語るということが信じられないということでした」

あたかも、被害女性のすべてがそう思っているかのような言い方である。

山口氏は「みなさんはプロの記者でいらっしゃるのであれば、客観的な事実を示してください」と、上から目線で注文を付けた後、こう言い放った。

「(伊藤さんには)虚言癖がある…性犯罪被害者に会うと、本当の被害者は笑ったりしないと証言してくださった」

同席の女性の言葉をなぞり、「虚言癖」と断定して、原因を伊藤さんに押しつけた。

ブログで伊藤さんを激烈に批判してきた山口氏の代理人弁護士、北口雅章氏も、噂にたがわぬ威圧感の持ち主だった。以下は、翌日の特派員協会会見における発言の一部。

「伊藤詩織さんが『ブラックボックス』」で書いていることは病院のカルテと矛盾している。事件直後に受診した精神科のカルテに当日の記憶は全く残っていないと記載されている。記憶していない出来事をどうして生々しく具体的に描くことができましょうか。人間は忘れたことを思い出すことはできません

あまりにも長広舌だったので、このくだりに関してだけ言及するが、筆者には支離滅裂な言い分に思える。伊藤さんは午前5時ごろに下腹部の痛みで目を覚まし、それまでの記憶がないと言っているにすぎない。覚醒後のことは記憶しているから生々しく描ける。それだけのことだ。

どうでもいいが、「人間は忘れたことを思い出すことはできません」とは、いかなる意味だろうか。何かの教義なのか、それとも北口弁護士の新説か。少なくとも、忘れたことを思い出すことができなければ、北口弁護士の仕事にも差支えが出てこよう。

山口氏も認めているように、彼が伊藤さんにしたことは間違いなく「道義的に不適切」といえる。伊藤さんは刑事罰を求めて警察に駆け込んだ。そして、逮捕状が出たにもかかわらず、中村格刑事部長が執行とりやめの命令を下した。

伊藤さんにしてみれば、民事裁判で勝訴したとはいえ、その異例な出来事の背後で何か大きな力が働いたという疑念が消えることはないだろう。

伊藤さんは自らが巻き込まれた事件についての取材を続けている。山口氏の外国特派員協会での会見にも取材記者として出席し、自分に対して「嘘つき」と罵倒する発言にも耐えた。

伊藤さんは山口氏に続いて、特派員協会の会見にのぞんだ。その席上、山口氏と安倍首相にかかわるひとつの事実に言及した。伊藤さんが取材を続けるなかで、ある内部告発者から得た情報だという。

それによると、2015年10月、アメリカの独立研究機関「イースト・ウエスト・センター」に山口敬之氏を研究員として派遣するよう、首相官邸から笹川平和財団に要請があった。イースト・ウェストセンターは、笹川平和財団の助成を受けている。

内部告発者の話では、同年4月に安倍首相がSPFUSA(笹川平和財団米国)で行った講演の「見返り」として、山口氏派遣の要請があったのだという。山口氏が書類送検されたのは同年8月のことだ。ならば、検察が捜査しているさなかに、官邸が山口氏のために骨を折ったということになる。

伊藤さんはイースト・ウエストセンターを訪ねた。なぜ山口氏が研究員に選ばれたかを問うと、こういう答えが返ってきた。

「本来なら非常に難しいプロセスを経てフェローが選出されるが今回、山口さんは笹川平和財団の依頼で選ばれました。非常にイレギュラーなプロセスです」

山口氏はこの選定により、特別ビザを取得し再び、アメリカに戻ることができたのだと伊藤さんは指摘する。山口氏の依頼で、イースト・ウエストセンターから除籍になったのは2017年3月19日のことらしい。

山口氏は会社に無断で「週刊文春」に記事を発表したことがもとで左遷され、2016年5月30日、TBSを退社した。その1か月後、ちょうど参議院選挙の直前に、安倍首相を称賛し、山口氏自身を自賛する総理なる本を出版した。

その後、山口氏が森友学園問題などで数多くのテレビ番組に出演し、安倍首相に有利なコメントをしてきたことは言うまでもない。

民事訴訟での伊藤さんの勝訴により、マスメディアもこの事件について大きく報道するようになった。山口氏については、官邸の口利きでいくつかの企業から多額の顧問料を受け取っていたという報道もある。山口氏の裏側で、メディアコントロールに憂き身をやつす安倍首相周辺の人々が動いていたのかどうか、野党は通常国会でしっかりと追及すべきである。